2012年7月19日木曜日
最近のマイブーム
「阪急電車」 有川 浩 著
かなり遅ればせながら、嵌ってしまいました。
以前に古本屋で購入したのですが、本棚に置いたままほったらかしていました。
阪急今津線を舞台に繰り広げられる、片道わずか15分の人生ドラマ。
読了後、「これ、おもしろいで」と、嫁にも薦め夫婦で盛り上がりました。
嫁が「たしか、映画にもなってたで」と言うので、ネットで購入し夫婦で鑑賞。
各駅毎のエピソードに喜んだり、怒ったり、ほろっときたり、夫婦で夢中になって同じ映画を見るなんて何年ぶりだろう・・・
実は、私は宝塚市出身なので、この作品の舞台となっている場所には、多くの思い出があり感慨深いものがありました。
宝塚の花火大会で友達と盛り上がった宝塚南駅周辺、宝塚祭りでボランティアとして汗を流した仁川の競馬場、子ども会の甲山ハイキングの引率で訪れた逆瀬川駅・・・「阪急電車」の小説から関連して、いろんなことが思い返されました。
今の私は、そういったことの積み重ねで存在しているんだ、この小説のテーマでもある人と人とのさわやかな係わり合いを、これからもたくさん積み重ねていきたいなぁ~などと感じました。
2012年2月24日金曜日
「そうじの神様が教えてくれたこと」
昨日に引き続き、読書感想です。
昨日紹介した「老後の生活破綻」を紹介されたのとちょうど同じ時期に、この「ディズニー そうじの神様が教えてくれたこと」も、「是非読んでみて」と紹介されました。
たまたま、引き続き読書することとなったのですが、その内容がとても素晴らしかった!
ディズニーのそうじの神様から直に教えを受けたスーパーバイザー金田と、その下で働くスタッフ、そしてゲスト(お客さま)の視点が交差しながら話が展開される「心温まるエピソード集」です。
昨日は、『「健康」「家族」「収入」が整えば、その人は幸福か?いえいえ、そうでない現実に日々直面してます』というブログを書いたのですが、この「そうじの神様が教えてくれたこと」のなかに、その答えが・・・
一つ目のエピソードがとても感動的だったのですが、その中の一文に
「自分に自信が持てなくなっていたことを、仕事のせいにしたり、娘の成長のせいにするばかりで、自分にとって一番大切なことが何か見失っていた。」
とあります。
人間って、なにかあるとまわりのせいにすると楽なんですよね。なかなか自分を見直すことは難しくて・・・
だけど、これから先の自分の人生を明るくするには、自分が変わるしかない。理屈としては簡単なんですけどね・・・
そんなことを、素直に考えさせられて、読みやすく一気に引き込まれる一書でした。
お勧めです。ぜひ多くの人に読んでもらいたいと思いました。
2012年2月23日木曜日
「老後の生活破綻」
「多田さん、この本、読んでみて」
先日、市民の方から言われて読み始めました。
その方は、高齢者の独居男性です。
「私たち高齢者がどんな生活をしているのか、どんな不安を感じているのか、読んで学ぶべきだ」と。
読んでみた感想としては、読者に対して、ただいたずらに不安を煽るのではないかと思いました。
この本には、認知症・病気・詐欺・事故・子どもの失業などにより、周囲に気づかれないまま生活が破綻してしまう「高齢者の生活破綻」事例が6つ載っています。
しかし、私としては日頃の市民相談で対応しているそのままの事例、というかもっと困難な状態の方もおられるわけで、特に驚くようなことでもありません。
そうした方の中には、本書で書かれているように、必要としているサービスに結びつかずに苦しんでいる高齢者もおられますが、権利の主張のみされて無理を通そうとするある意味でわがままと言わざるを得ない方もおられます。
私としては、そうした方からのご相談でも市役所の担当課につなぎます。担当課の職員は、それでも一生懸命に丁寧に対応されています。
そうした現場を知る私としては、本書で書かれているように、適切なサービスや機関と人を繋げて「健康」「家族」「収入」が整えば、幸福かといえばそうではないと思います。
当然、適切なサービスや機関と人を繋げつつ問題を解決できる体制作りは大切ですし、行政はそのための努力を怠ってはならないと考えますが、その人の人生がその人にとって本当に充実した価値のあるものになるかどうかはもっと別の問題ではないでしょうか。
それを「行政が悪い」「政治が悪い」といっても、本当の意味での問題解決にはならないと思います。
高齢者に限らず、処々の問題で相談に来られる方は、その時はいったん方向性が見えたとしても、先々で同じような困った立場に陥られることが多いからです。
それに関しては、本書の最後で著者は「だれもが社会資源になりうる」と書かれています。また、人や自分の「希望ある生活」を建て上げるにはお互いの助け合い、励ましあいが必要なことだとも言っています。
そうした部分に関して、今の社会、そしてこれからのことを考えさせていただきました。
2011年12月31日土曜日
読書感想―「科学技術大国中国の真実」③
さて、この本の著者である伊佐進一氏は、文部科学省課長補佐や同省副大臣秘書官等を歴任されていたのですが、現在は退職をされています。
そして、何をやっているのかと言うと、なんと次期衆議院選挙での大阪6区の予定候補者なんです。
私は一昨年の参議院選挙の時に、当時、石川ひろたか候補としばらく同行させていただいたことがあるのですが、その時の率直な感想として「国会議員にするにはもったいないほどの、すごい人材を投入するんだ!」とびっくりしたものですが、今回の伊佐氏の立候補は更にその上を行く人選だと驚いております。
これからの国際社会の中での日本のとるべきスタンスなど、現時点で既にどの国会議員よりも明確なビジョンを持っており、更には若さと情熱を兼ね備えた人材だと確信しています。
先日、党の会合に参加するために大阪市内へ電車で向かったのですが、その車中でこの「科学技術大国中国の真実」を読みながらそんなことを考えていました。そして、会場に着くと、何と私の左前にその著者である伊佐氏本人がおられてびっくりしました。
本人を実際に目の当たりにすると、とても礼儀正しく、元気いっぱいの好青年でした。こんな青年に、是非、日本の将来を託したいと、素直に感じさせる魅力溢れる人物でした。
時期衆議院選挙に対しては、公明党として、この伊佐氏以外にも新進気鋭の若手2名と、前代表の太田氏や北がわ氏などのベテラン勢で挑む予定です。
どこに出しても恥ずかしくない、素晴らしい候補を揃えていただきました。日本の将来を考えるなら、このうち誰一人として落としてはならない方達ばかりです。
本年は東日本大震災に始まり、なにかと大きな課題が表面化した年だったと思います。
しかし、その一つ一つに対して、公明党は明確な方向性と、その道のエキスパートを揃えて挑んでまいります。その姿勢に対して、国民の皆様のご理解を勝ち取ることができれば、その全ての課題を必ずや大善へと転換していくことができると確信しております。
明年よりは、私達地方議員が先頭に立って現場に入っていき、徹底してこのことを語っていく決意です。
2011年12月28日水曜日
読書感想―「科学技術大国中国の真実」②
昨日に続いて、「科学技術大国 中国の真実」の感想です。
大きく次の3点について、なるほどと感心しました。
Ⅰ
2009年の中国からの海外留学生総数は22万人を超え、帰国留学生数も10万人を超えており、いずれも10年前の1999年の10倍。
一方日本人留学生は減少しており、2009年は全体で7万5千人とピークの2004年の2割減。米国への留学生に至っては10年前に比べて4割減の約3万人となっているそうで、そうした状況を著者は以下のように語っています。
「拡散する中国、収縮する日本
海の向こう側に渡っていく中国人の増加は、政府主導による送り出し政策によるものだけではない。歴史に見られたように、さまざまな理由で多くの人が海を越えていった。特に沿岸部の中国人は、もともと大陸の外に出ていこうとする気質が強い。そうした気質がベースにあり、経済発展に伴って、さらに外への志向性を強くさせているとも言えるであろう。
翻って、日本はますます内向きになっている観がある。清華大学や北京大学といった中国の名門大学出身者が、どんどん海外に向かい、世界の舞台で大きく成長しているにもかかわらず、日本人は、あまり国外に出たがらなくなってしまった。
………
こうした、海外への一歩を踏み出す機会を逃している若者が多いのも事実である。それは、制度として用意されていないという問題ではなく、日本社会全体に漂う閉塞感、無力感が、敏感な若者の心に影響を与えていると見るべきである。日本全体が下を向いて歩き、お互いの足を引っ張り合っている時に、中国は「坂の上の雲」を見上げながら、一歩、一歩と成長を続けている。そうした異なる環境で育つ若者が、同じ世代であったとしても、異なる価値観や視野を持って行動するようになるのは、仕方のないことなのかもしれない。中国の若者が上を向いて外の世界に飛び出していき、日本の若者が国内の環境にとどまって身を守らざるを得ないのは、まさしく、こうした社会全体の雰囲気を反映しているからではないだろうか。」
Ⅱ
中国の科学技術に関しては、研究者を大量に投入する必要のある「研究者集約型」の分野(高温超伝導技術や、バイオのiPS細胞研究など)において、中国は世界のトップランナーとなりつつあるそうです。
こうした分野では、日本において核となる技術的発見が行われたとしても、幅広い応用的研究が「研究者集約型」であるため、科学的業績や技術開発は、中国にどんどん水をあけられているそうです。
しかしまだ、ほとんどの科学技術分野においては、日本の方が中国に対して圧倒的に優位とのこと。ただし日本は科学技術投資が頭打ちとなっていて「投資と人」が不足しているので、新しい科学技術を産業化することが難しいとのこと。
それに対し中国は、政府主導で資源を配分できるので、科学技術に積極的で多大な投資を行い、その額は年々増加しているそうです。
こうした状況を踏まえて、著者の基本的な考えとしては、日本が中国に対して、いたずらに焦燥したり敵視したり、あるいは羨望したりしても仕方がない。現状認識と分業関係をしっかり整理した上で、日中関係をwin-winの関係として構築することが重要だと説いています。
具体的には、日本の先端的な科学技術を中国に提供する代わりに、あちらからの投資と人を呼び寄せる。そうすれば先の「研究者集約型」の分野などにおいて、日本にも多大な利益があるはずだと。すでに欧米諸国は、そういった考えのもと、中国の大学や研究機関と次々に連携関係を築いており、日本はやや遅れを取っている状況らしいです。
Ⅲ
以上のように、技術開発において日本が中国と連携を深める必然性とともに、その際に留意するべき点として「標準化」をあげています。
日本は高い技術力を持っているが、しかしそれは独自な制度や慣習、および高い国民所得を前提とした「ガラパゴス的」な技術となっているため、中国においては、日本製よりも性能は低くても廉価であるサムスンなどの追撃を許している。
したがって、市場調査や的確な分析により、中国で本当に必要とされているのはどういう技術なのかという「市場ニーズ」を把握する必要がある。実際に、中国側が喉から手が出るほど欲しがっている「市場ニーズ」は少なくない。
日本は、高額の最高水準の技術を提供しようとするのではなく、こうした「市場ニーズ」に基づいた価格と技術レベルのバランス感覚を踏まえれば、十分それに対応できるとのことです。
更に、「標準化」された市場とは、均一化されたものを低価格で製造するというコスト競争の市場であり、特に中国においては中国企業の独壇場になることが考えられるので、標準化のため公開する技術と、秘匿化しておくコア技術の峻別も重要だと語っています。
大きく次の3点について、なるほどと感心しました。
Ⅰ
2009年の中国からの海外留学生総数は22万人を超え、帰国留学生数も10万人を超えており、いずれも10年前の1999年の10倍。
一方日本人留学生は減少しており、2009年は全体で7万5千人とピークの2004年の2割減。米国への留学生に至っては10年前に比べて4割減の約3万人となっているそうで、そうした状況を著者は以下のように語っています。
「拡散する中国、収縮する日本
海の向こう側に渡っていく中国人の増加は、政府主導による送り出し政策によるものだけではない。歴史に見られたように、さまざまな理由で多くの人が海を越えていった。特に沿岸部の中国人は、もともと大陸の外に出ていこうとする気質が強い。そうした気質がベースにあり、経済発展に伴って、さらに外への志向性を強くさせているとも言えるであろう。
翻って、日本はますます内向きになっている観がある。清華大学や北京大学といった中国の名門大学出身者が、どんどん海外に向かい、世界の舞台で大きく成長しているにもかかわらず、日本人は、あまり国外に出たがらなくなってしまった。
………
こうした、海外への一歩を踏み出す機会を逃している若者が多いのも事実である。それは、制度として用意されていないという問題ではなく、日本社会全体に漂う閉塞感、無力感が、敏感な若者の心に影響を与えていると見るべきである。日本全体が下を向いて歩き、お互いの足を引っ張り合っている時に、中国は「坂の上の雲」を見上げながら、一歩、一歩と成長を続けている。そうした異なる環境で育つ若者が、同じ世代であったとしても、異なる価値観や視野を持って行動するようになるのは、仕方のないことなのかもしれない。中国の若者が上を向いて外の世界に飛び出していき、日本の若者が国内の環境にとどまって身を守らざるを得ないのは、まさしく、こうした社会全体の雰囲気を反映しているからではないだろうか。」
Ⅱ
中国の科学技術に関しては、研究者を大量に投入する必要のある「研究者集約型」の分野(高温超伝導技術や、バイオのiPS細胞研究など)において、中国は世界のトップランナーとなりつつあるそうです。
こうした分野では、日本において核となる技術的発見が行われたとしても、幅広い応用的研究が「研究者集約型」であるため、科学的業績や技術開発は、中国にどんどん水をあけられているそうです。
しかしまだ、ほとんどの科学技術分野においては、日本の方が中国に対して圧倒的に優位とのこと。ただし日本は科学技術投資が頭打ちとなっていて「投資と人」が不足しているので、新しい科学技術を産業化することが難しいとのこと。
それに対し中国は、政府主導で資源を配分できるので、科学技術に積極的で多大な投資を行い、その額は年々増加しているそうです。
こうした状況を踏まえて、著者の基本的な考えとしては、日本が中国に対して、いたずらに焦燥したり敵視したり、あるいは羨望したりしても仕方がない。現状認識と分業関係をしっかり整理した上で、日中関係をwin-winの関係として構築することが重要だと説いています。
具体的には、日本の先端的な科学技術を中国に提供する代わりに、あちらからの投資と人を呼び寄せる。そうすれば先の「研究者集約型」の分野などにおいて、日本にも多大な利益があるはずだと。すでに欧米諸国は、そういった考えのもと、中国の大学や研究機関と次々に連携関係を築いており、日本はやや遅れを取っている状況らしいです。
Ⅲ
以上のように、技術開発において日本が中国と連携を深める必然性とともに、その際に留意するべき点として「標準化」をあげています。
日本は高い技術力を持っているが、しかしそれは独自な制度や慣習、および高い国民所得を前提とした「ガラパゴス的」な技術となっているため、中国においては、日本製よりも性能は低くても廉価であるサムスンなどの追撃を許している。
したがって、市場調査や的確な分析により、中国で本当に必要とされているのはどういう技術なのかという「市場ニーズ」を把握する必要がある。実際に、中国側が喉から手が出るほど欲しがっている「市場ニーズ」は少なくない。
日本は、高額の最高水準の技術を提供しようとするのではなく、こうした「市場ニーズ」に基づいた価格と技術レベルのバランス感覚を踏まえれば、十分それに対応できるとのことです。
更に、「標準化」された市場とは、均一化されたものを低価格で製造するというコスト競争の市場であり、特に中国においては中国企業の独壇場になることが考えられるので、標準化のため公開する技術と、秘匿化しておくコア技術の峻別も重要だと語っています。
2011年12月27日火曜日
読書感想―「科学技術大国中国の真実」①
この本は、在中国日本大使館一等書記官として三年間、北京の日本大使館に勤務をされていた伊佐進一氏による著作です。
一等書記官というのは、徹底して相手の国のことを調査する立場のようで、著者は東大の航空宇宙工学科卒で科学技術庁にてあの『はやぶさ』回収プロジェクトに献身した経緯から、昨今の中国の科学技術について調査されています。
「中国のGNPが日本を抜いた」「有人宇宙飛行を成功させた」「中国産のスーパーコンピュータが世界最速の演算速度を記録した」「中国の拡大する軍事力を懸念し、日本政府は次期主力戦闘機にステルス戦闘機F35を選定した」等々、断片的な報道により最近の中国の動向に脅威を感じるものの、その全体像やこれからの日中のあるべき方向性など、明確に指し示すことができる人はあまりいないと感じています。
そうした中で、この一等書記官を勤められた著者による本著は、近年の新書の傾向と異なり、はっきりした専門性の上に立って、一般にはほとんど知られていない科学技術、および中国におけるその発展について、非常にわかりやすく記述されています。
そして更には、今後の両国のあるべき関係について、明快に語っておられます。
「経済指標や軍事力が、現時点における国力を評価するものであるとすれば、科学技術力は、一〇年後、二〇年後の国力を左右するものである。私が中国に赴任を希望した理由は、一〇年後、二〇年後、中国がどのような国となっているかを知りたかったからである。中国の科学技術力というものを知ることによって、中国の将来を推し量ることができる。実際に現場を訪れ、目で見て、直接話を聞いて、楽観的にも悲観的にも偏らない、中国の科学技術力の真の姿を知りたかった。中国の強みも弱みも、肌で感じたうえで、中国の将来について結論を出したいと思った。そして、それに対して、日本がどうすべきかをじっくり考えてみようと思ったからである。
赴任していた三年間、何度も、「こんな国で科学技術が発展することなんてあり得ない」との思いに捕らわれた。また、何度も、「この国の発展の可能性はすどい」と驚かされた。いったい中国のどちらの姿を信じればいいのか、この両面をどう理解すればいいのかと、格闘した毎日であった。」(本文序章より)
次回から、本著の中で感じた所を紹介したいと思います。
2011年12月3日土曜日
読書感想―「官僚制批判の論理と心理」
「多くの人が福祉社会を志向しているにもかかわらず、それを支えるはずの行政への不信が蔓延している。」
帯に書いてあったこの一文を見て、思わず購入し一気に読んでしまいました。
読了した感想としては、大学の講義を聴いているような理論の展開で、それはそれで非常に楽しくて勉強になりました。
基本的に、政治思想の変遷の歴史を解説されています。トクヴィル・カフカ・ハーバーマス・シュミット・アーレントなどの歴史的政治学者の理論を辿り、ウェーバーの官僚制論を現在との関連として検討して結ばれています。
かなり専門的、学術的な内容なのですが、その一つ一つが現在の政治状況に対して多くの示唆を与えていることにとても驚きました。
そして理論の方向性としては、「官僚制は民主主義の基本的条件であり、擁護されなければならない」という姿勢です。
『もちろんデモクラシーの名のもとで「悪」としての官僚制を批判するという議論の仕方には、硬直化し、画一化しがちな行政の論理を揺るがせ、政治的な討論に導いてゆくという意義と可能性があることは事実である。しかしそうした議論の仕方は、デモクラシーが存続するために必要な条件すら、破壊してしまう危うさをも孕んでいるということも忘れてはならないのである。』(本文より)
また、不況が続いたりして官僚批判が進むと、カリスマ的な強いリーダーが望まれるようになる現象に対しては、以下のように分析しています。
『 カリスマ的支配とは、カリスマ、つまり非日常的な天与の資質、あるいはそうした資質をもっている人に対する大衆の情緒的な帰依を根拠にした支配である。このときの資質は、神がかり的な預言でも、卓越した弁論能力でもよく、その具体的な中身は、多様でありうる。ただカリスマは、被支配者からカリスマとして承認されることによってカリスマとなり、そうした承認が続くかぎりでのみカリスマである。したがって、カリスマは、戦争での勝利などというかたちで成果をのこし続けなければならず、また勝利が連続すればその威信は高まることになる。しかしそれができなくなると、その支配はきわめて容易に崩壊する。
懐疑的な検討を加えられると弱いという点では、カリスマ的な支配も伝統的支配と同じである。ただ、伝統が長期にわたる継続性によって一定の安定性をもつ一方で、カリスマはそうではないので、その支配の正当性はいっそう脆弱といわなければならない。カリスマとされる政治家はしばしば継続的かつ矢継ぎ早に「改革」を行おうとし、またスピードとサプライズを好む傾向をもつが、そこにはこうした事情がある。』
更には、最近の政治的主流となりつつある新自由主義(小さな政府)に関しては、次のように述べています。
『「後期資本主義国家」においては、市場原理という意昧での形式合理性は貫徹できず、何らかのかたちでの実質合理性(格差是正、「国土の均衡ある発展」、あるいはナショナル・インタレストといった観点)が侵入せざるをえない。こうしたなかで官僚制の正当性を問いただそうとする試みは、理論的に割り切れないがゆえの不満を慢性的に醸成する傾向にある。
政府は余計なことはしないほうがよいという新自由主義(「小さな政府」)は、こうした不満に応える有力な立場の一つである。あるいは別の言い方をすれば、こうした「正当性の危機」とそれに由来する不満は、新自由主義によって絡め取られやすい。』
そしてそうしたグローバル化への急激な傾斜に対し、トクヴィルの「すべてが新しい社会には新たな政治学が必要である。しかるに、そうした考慮がほとんどなされていない。われわれは急流の真っ只中にとり残され、岸辺になお見える残骸にかたくなに目を据えているうちに、流れにひぎこまれ、後ろ向きのまま深淵に向けて押し流されているのだ。」との言葉を引いて、
『かつてトクヴィルが急流に流されながらも、なんとか岸辺に目を向けようとしたように、あるいはウェーバーが非西欧の諸宗教に取り組んだように、人間の生の別様でもありうる可能性を確保しようと試みることは、少なくとも流れのスピードを遅らせ、時間をかせぎ、またわずかでも反転させるスペースをかせぐことにはなる。逆にそうした比較類型論を放棄するならば、勝ち馬にのろうとするインセンティヴを強化し、速度をアップさせてしまうことにもなりかねない。』と、結論付けされています。
この本は、本年9月に発刊されたものであり、3・11以降の日本の政治状況については論じられていますが、当然、この数日来の大阪で起こっている現象は予測すらされていません。
しかし、私の住む池田市においては12月に市長選も控えており、いまだに急流の渦中であります。こうした現象を面白おかしく眺めている方々もおられます。
しかし、一過性の現象に右往左往するだけでなく、これからの政治のあり方をしっかりと見据えてしっかりと議論をする必要があると私は思っています。ですから、今の私にとって、この本は非常に有益であり、勉強になりました。
2011年5月24日火曜日
畑村洋太郎氏の「原発事故考」
先日、ある男性が相談があると言うことで、我が家に来られました。
相談自体はすぐに終わったのですが、私が工場長時代の話を聞かせてほしいと言うことで、いろんな体験談や失敗談をお話したところ、真剣に聞いてくださり、1時間以上も安全・無事故について語ってしまいました。
その大まかな内容は、他の工場などで起こった事故を他山の石とはせずに自分の工場の危険性にも神経を張り巡らせると言うものです。
実は、そういった考えは自身の経験に基づくものと、「失敗学」で有名な畑村洋太郎氏から学んだものです。
実際に私が、工場長をやめて議員に出馬するときに、次の工場長に「読んでおいたほうがいいよ」と言って渡したのが、畑村洋太郎著の「失敗学実践講義-だから失敗は繰り返される-」でした。
その畑村洋太郎氏ですが、福島第一原発の事故原因を調査するための、検証委員会の委員長に起用されるというニュースが本日流れました。
「失敗学」の権威が、今回の原発事故をどのように検証されるのか、非常に興味深いところです。
ネットで調べてみると、産経の記事で畑村洋太郎氏の「原発事故考」がありましたので読んでみました。その中で、なるほどと感じた点として、以下の5点がありました。
・東電が言う「想定外」は、自分たちには落ち度がないという言い訳でしかない。
・災害の対策を立てるときは守る側で考えるのではなく、攻める側に立って考えなくてはならない。どこをどう攻撃したら福島第1原発の機能を奪えるのか。自分が地震や津波、山火事になって考えなくてはならない。そうするとすきだらけなのがよく分かってくる。
・人間は想定だけでは生きられない。現実を見て判断することが大切だ。
・今回の原発事故は起こるべくして起きた組織災害
・人類は原発を知り尽くしていない。だからこれからも事故は起きるだろうが、事故を克服して原発を使っていくべきだ。
昨日、あるテレビ番組で今後のエネルギー政策を考えるとして、原発推進派のコメンテーターと反対派の方達が意見をぶつけ合う場面がありましたが、確かに番組の構成としては面白かったかもしれませんが、そこから将来のエネルギー政策に対する示唆は何も見出せない終わり方で、期待はずれな内容でした。
そんな中、畑村洋太郎氏の、「今回の原発事故が起きた原因を徹底究明し、それを克服した上で原発を使っていくべき」という考え方は、ある意味とても現実的な考え方だと思います。
確かに将来的にはクリーンエネルギーへの転換を図っていくべきですが、それまでの電力需要をまかなうためにはやはり今ある原発を使用する以外になく、そのためにこそ安全・安心・無事故について徹底的に検証していくべきだと思います。
相談自体はすぐに終わったのですが、私が工場長時代の話を聞かせてほしいと言うことで、いろんな体験談や失敗談をお話したところ、真剣に聞いてくださり、1時間以上も安全・無事故について語ってしまいました。
その大まかな内容は、他の工場などで起こった事故を他山の石とはせずに自分の工場の危険性にも神経を張り巡らせると言うものです。
実は、そういった考えは自身の経験に基づくものと、「失敗学」で有名な畑村洋太郎氏から学んだものです。
実際に私が、工場長をやめて議員に出馬するときに、次の工場長に「読んでおいたほうがいいよ」と言って渡したのが、畑村洋太郎著の「失敗学実践講義-だから失敗は繰り返される-」でした。
その畑村洋太郎氏ですが、福島第一原発の事故原因を調査するための、検証委員会の委員長に起用されるというニュースが本日流れました。
「失敗学」の権威が、今回の原発事故をどのように検証されるのか、非常に興味深いところです。
ネットで調べてみると、産経の記事で畑村洋太郎氏の「原発事故考」がありましたので読んでみました。その中で、なるほどと感じた点として、以下の5点がありました。
・東電が言う「想定外」は、自分たちには落ち度がないという言い訳でしかない。
・災害の対策を立てるときは守る側で考えるのではなく、攻める側に立って考えなくてはならない。どこをどう攻撃したら福島第1原発の機能を奪えるのか。自分が地震や津波、山火事になって考えなくてはならない。そうするとすきだらけなのがよく分かってくる。
・人間は想定だけでは生きられない。現実を見て判断することが大切だ。
・今回の原発事故は起こるべくして起きた組織災害
・人類は原発を知り尽くしていない。だからこれからも事故は起きるだろうが、事故を克服して原発を使っていくべきだ。
昨日、あるテレビ番組で今後のエネルギー政策を考えるとして、原発推進派のコメンテーターと反対派の方達が意見をぶつけ合う場面がありましたが、確かに番組の構成としては面白かったかもしれませんが、そこから将来のエネルギー政策に対する示唆は何も見出せない終わり方で、期待はずれな内容でした。
そんな中、畑村洋太郎氏の、「今回の原発事故が起きた原因を徹底究明し、それを克服した上で原発を使っていくべき」という考え方は、ある意味とても現実的な考え方だと思います。
確かに将来的にはクリーンエネルギーへの転換を図っていくべきですが、それまでの電力需要をまかなうためにはやはり今ある原発を使用する以外になく、そのためにこそ安全・安心・無事故について徹底的に検証していくべきだと思います。
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